「新しい」より「改めてまして」

職業が変わってからものすごい勢いで「新しい」が押し寄せて来ています。

新しいプロジェクト
新しい紹介
新しい出会い

ただその中でやはりしっくり来るのは「改めて」だと実感しています。

もちろん「新しい」は刺激的だし、ドキドキする。

でも、「改めて」の中にある

既に経験していた事
既に紹介されていたヒト、コト
既に出会っていた人

に対して「改めて」向き合うのはなんだかジワっとすると「改めて」思った。

何を経験するのでも「いつ」経験するかで違う。
何かを紹介されるのでも「どう」紹介されるかで違う。
誰かと出会うのでも「誰から」紹介されるかで違う。

つまり、「新しい」を求めているうちはまだまだ未吸収、未消化で「改めて」からいかに栄養を採れるかで違う人生にもなると「改めて」感じた。

新しい自分になろう!
新しく一歩を踏み出そう!
新しいを経験しよう!
新しい苦労は買ってでもしよう!

正直、この言葉にやらなきゃいけない焦りを感じたり、刺激がある感じを受ける必要はない。

私は世の中に似非教祖、似非概念、似非宇宙人が増えている気がしている。

今までは宇宙人が「私、地球人ですよ。」と顔をしていたが、今では地球人が「私、宇宙人なの。」という顔をしている。

正直、生まれた星なんてどこでもいい。
ジワっと感じて好きかそうでないかしかない。

「新しい」に刺激を求めるばかりではジワっと来ない。

「改めて」自分を信じて、
「改めて」自分の環境に感謝して、
「改めて」好きだ!に全力を出す。

巻き込む量や強さを気にする事はない。

「改めて」出来る事を着実に。

昔、亡き母に言われ残っている言葉がある

『膝を屈めて小さく見せても、背伸びをして大きく見せてもバレたらカッコ悪いでしょ?あなたはあなたの等身大で生きなさい』

だから、私は「改めて」を大切にしたい。

まだまだ私の未吸収、未消化は

何を経験するのでも「いつ」経験するかで違う。
何かを紹介されるのでも「どう」紹介されるかで違う。
誰かと出会うのでも「誰から」紹介されるかで違う。

可能性に満ちている。

私、職業が変わりました。

私は新卒でコンサルティング会社に就職しました。

その会社で目指したのは『一流のコンサルタント』
『一流のコンサルタント』になれる強者が全国から集まって、全国に会社と個人の名を馳せていました。

ただ私は「コンサルタント」という言葉がどうも苦手で10年近く会社にいながら薄々自分のキャラクターと「一流のコンサルタントを目指す自分」が合致していない事に気づいていました。

私は緻密でもなんでもない。
ルール通り、セオリー通りが全く出来ない。
流行に大して敏感でもないし、乗る気もない。
美味しいお店はやたら詳しいけどマーケティング上手なお店とか好きではない。
時流という概念は好きだけど自流を作りたい。
工夫したいと感じた事への知的欲求だけ異常に高い。
人から言われる「これ良いよ」に殆ど反応しない。
素直なのは好きな相手にだけでほとんど人と接しない。
異常なまでに高いコミュニケーション能力を持つコミュ症。
「良い」「好き」と自分が感じた人、コト、モノへの想い入れが強い。
ニッチだがやたらと高感覚、高品質の感性は持ち合わせている。

つまり、「自流」であり、世の中で言う知的な『一流のコンサルタント』にはなれない存在なのです。

そこで独立してから見つけたGIFT Corporationの根幹である最高の立ち位置は『代理人』でした。

好きな人、コトを熱く語って魅了する人。
その人、コトに面白がる人を集めてくる人。

ワイナリー
料亭
旅館
食品メーカー
伝統工芸職人
アーティスト
アスリート

今でも多くの企業、人の『代理人』をしています。

私達が日々行っているのは、
彼らの本質的価値を分かってくれる相手に伝える。
価値を向上させ、新たなステージで新たなチャンスを掴みキッカケを与える。

すべての人・企業のGIFT(才能)をGIFT(贈り物)に

それがGIFT Corporationの生業です。

でも、最近いい言葉を教えて貰いました。
それは私の感覚がドンピシャな親友がサラッと言った事でした。

「salvage」救済する。引き上げる。

そこでビビビビッと来てしまいました。
私が本当にしたくて、していた事って実は

「代理人」であり、「salvage」なんじゃないかな?

価値を分かるはずの人にきちんと伝えたい。
奥深い価値がジワ〜っと伝わって欲しい。
自分を追求する人、企業にやり甲斐、自負を生みたい。
新たな可能性にワクワクして欲しい。

それって「本気でこのイイをsalvageしたい。」って思ったからかもしれない。

皆様にご報告があります。
今日から私は「salvagest」サルベジストです。

そう思った時に私自身のキャラクターと合致したんです。

私、「salvagest」サルベジストでした。
※この言葉はWEB上に存在しませんでした。

私の職業、「salvagest」サルベジストでした。
私の会社、「salvagest」サルベジスト集団でした。

職業が変わりましたが、
これからも変わらず好きなように生きて行きます。

素晴らしき強者ばかりの人生の先輩方、
私より恐ろしい程に優秀な年下の皆様方、
これからも変わらず御指導、ご鞭撻をよろしくお願いします。

私が私を急に整理するとこうなる。

最近、全く書きませんでしたがたまに書きます。

しかも、誰かに向けて書いてるかはわかりません。

最近、気づいた事があります。

私自身、誰が読んでいるかも全く意図していないで書いてる事に気づきました。

よく言う
「誰がターゲット?」
「何を目的として?」
「どんな落し所?導線?」
なんて言うのは私には全く関係ないのです。

好きな事を好きなタイミングで書く。
だから、何を書くか。いつ書くか。

これも私にしか分かりません。
私もよく分かっていません(笑)

誰が読んで頂いて、何を考え、感じてくれているか。

そこにフォーカスするよりも、

読んで頂いた方が「どう行動するか。」
飲みの誘いをくれる。
相談を受ける。
会いに来てくれる。

これだけを求めているのだと分かりました。

私はコンサル会社にいましたが、
正直、マーケティングに興味がないのです。

「誰がどうしてる。」
「何がどうウケてる。」

よりも、

「何がしたい。」
「何をどうやり続けたい。」

人に対しても自分に対してもそこだけに興味があります。

なので、
そこをどう達成するか。
どの道筋を誰とどこを通って行くか。

それを考え、察し、感じる毎日が純粋に好きなのです。

私は毎日何かを発信するタイプでもないし、
何かしている感を出すタイプでもない。

たまに思った事を書いて、こんなんしてます。
久しぶりに会いたくなってくれたらまた話しましょう。
そんなタイプです。

私が最近、注目しているのは

工夫する意志の有無。
イマジネーションをシェアする。

この二つです。

工夫する意志がない事。を私はしません。
工夫する意志がない人。と私は会いません。

つまり、何か工夫の余地がある。とワクワクしている状態のワクワクしている人が私と会うと効果が増します。
そんな人の新たな活力を見出すのが得意です。

また、イマジネーションをシェア出来ない人とは会いません。
私が言うイマジネーションとは何かの達成目標やビジョンとは多少異なり、

自らの行動の決め手となる根源。
(何にワクワクしているか)
何を誰とどう楽しむつもりなのか。
(子供で言う誰と何をして遊びたいから外に飛び出すのか)
誰の為にどれくらい役に立ちたいのか。
(何が自らのエネルギーの源か)

ここを重視します。

なぜなら何となく会って話す位はお互い大人なので表面上は上手く出来ますが、結果的に特に何も生み出さないからです。

こう言えば言うほど、

「会いづらい。」
「変わってる。」
「ドライ。」
「友達いない。」
と言われますが…

私の人生の目的は

『会いたい人に会いたい時に会いたい分だけ会う』

なのでこの様な自らをさらけ出した自らの腹の内のイマジネーションをシェアした時に会いたがってくれた人に会いたいのが本音です。

今回は私のトリセツみたいになりましたが私自身は周りに恵まれ、お金に愛され、アイデアがパッと閃く有難い人生を無事に歩んでいます。

また私が巻き起こすややこしくも面白い事に巻き込まれてくれたら嬉しいです。
私もガンガンややこしくも面白い事に巻き込まれて行きます。

面白いと思える自分になるという事

久しぶりのブログ。

本当に書きたい時に書くこの癖は治らない。

最近つくづく思うのは「本当に面白い仕事出来てて幸せだな。」という事。

私の考える面白いは
①人の役に立っている実感がある事。
②創意工夫の裁量が自分にある事。
③相手から明確な役割、存在への信頼がある事。

これが揃っていると面白いは連鎖する。

この3つを手に入れるには単純だ。
自らの独自能力を日々進化させる事。
役に立てる相手のタイプを明確にする事。
やると決めたらとことんやる事。

ここに集約される。

毎回書くが
「有志、何してるの?」
「GIFTって特殊な会社だよね。」
という内容は答えても答えてキリがない。

なぜなら私自身も物凄いスピードで面白い事に巻き込まれて、巻き込んで行く為、楽しくて仕方ない。

ダウンタウンDXを生んだ西田二郎氏に言われた。

「有志くんはハエ取り紙やな!なんか引き寄せられんねん。で、ビターッ!!となると中毒性がある。しかも、周り見ると同じような奴ばっかりや!みんなくっ付いてる(笑)」

相変わらず面白い表現だし、ズバ抜けた感性だなぁと思う。

私はハエ取り紙であり、ある人から言わせるとヒラヒラさせて猛獣をいなす、闘牛士らしい。

確かに私の周りには猛獣しかいない。
だからこそ、私に役割をきちんと考えさせてくれる。

私はこんな人生を望んでいたし、まだまだ望みたい放題に生きていく。

①人の役に立っている実感がある事。
②創意工夫の裁量が自分にある事。
③相手から明確な役割、存在への信頼がある事。
この実感を生む仕事を常に面白がり、

自らの独自能力を日々進化させる事。
役に立てる相手のタイプを明確にする事。
やると決めたらとことんやる事。

ここに集中力を使う。

今日も地球は回る。
今日も私の頭の中と心の中は回る。

オモロいを育てよう!

イタリアで感じた事

イタリアから帰国しました。

今回は1週間の滞在でしたがかなり有意義な旅となりました。

目的は2つ

①いつも感謝しているメンバーの家族に会う事。
②感性を刺激し、新たな感性を引き出す事。

この2つを思いっ切り満喫し、実感出来た時間になった。

①は本当にずっとしたかった事。
私を常に支えてくれるメンバーの家族に会って、直接気持ちを伝え、私という存在を伝えたかった。

その事が今後のやり甲斐や家族との話題に繋がって欲しいと考えていた。

メンバーの家族との時間が何より私の好きな時間になった。
本当にみんないい息子、いい娘だなぁと感心した。

②にも繋がるが「アペリティーボ」
※食事前の飲み、つまみ、語り合う時間。

このイタリアでは当たり前だが、独特の時間が物凄く家族の絆や時間を生み出していると再認識した。

アペリティーボは家族と食事をする前に近所の人、親戚が集まってする事が多い。
うちのメンバーとメンバーのお父さんの同級生とのアペリティーボにも参加した。

その中で素晴らしかったのが
お父さんの同級生、近所の人など世代の異なる人に対して娘、息子が会話を作り、場を盛り上げる。

こんな光景を日本ではなかなか見た事がない。
私も昔、家によく父の仲間が来ていたが子供は離れた場所にいた記憶がある。
ただ、私はよく大人の会話に聞き耳を立てていて、父がたまに会話を振ってくれた記憶が今でも残っている。

子供が親や親の友達に対して会話を作り出し、場を盛り上げ、違う世代とコミュニケーションを取る。

この場面は私の2つの目的を一気に解消してくれた。

子供は大人の会話のそばに居るべきだ。
今は分からなくても大人の時間を記憶させるべきだ。

そう思った。また、
大人はいくつになっても若者のそばにいるべきだ。
若者がする話題に興味を傾けるべきだ。

私は常に「向き合う」を重視する。

人間関係も感性も自分自身とも「向き合う」で得た事を重視する。

だからこそ、今回のテーマの
①いつも感謝しているメンバーの家族に会う事。
②感性を刺激し、新たな感性を引き出す事。
は私にまた新たな感性と喜びをくれた。

私は大人数との時間は向いていない。
好きな人、好きな人が好きな人と小さい輪の時間が好きだ。

でも、大人数の輪はいつか途絶える。
実は好きな人の好きな人の輪は永遠に続く。

私は私のやり方と「向き合う姿勢」でまた人を好きになる。

自分の楽しみ方、私流 感度の上げ方

誕生日ぶりの記事。

「有志、最近何しているの?」

よく聞かれますが特に変わらずに日常の中で

面白い事に着目し、
面白い人と面白い人を会わせ、
面白い人から強烈な人を紹介され、
自分好みの時間を過ごしています。

思い付かなければ特に人にも会わないですし、
特にどこにも出掛けずにいます。

その代り、
ピンッと閃いたり、アッと思ったらすぐに行動に移します。

【何の概念もなく、今起きている現象がどう面白くなるか。だけを考えている】

その為に
自らが取るべき行動はどれで
連絡するべき相手は誰で
協力してもらいたい相手と事柄は何で
どんな動きを生み出したいのか。

常にそこを楽しみにしてます。

正直「こうすべき」「これが正攻法、王道」みたいな考えはない。

「こうしたら役に立てる」「こうしたら今後、面白い」しか考えていない。

つまり、先を感じない、先が香ってこない事は私にとっては面白くない。

実は現在している事、起きている事は『見たい』に繋がっているかもしれない。
見通しは自らで立てるものであり、自らが見たい先に続いていないければ意味がない。

だからこそ、
【現在をどう面白がる事が出来るか】【誰を面白がらせる事が出来るか】が最も重要だと私は思っている。

その中で常に自分の感度を磨いている。
感度が落ちる時もある。

でも、その時に大切なのは
「感度を呼び覚ます事」   →自分のペースを見出す、会えてリズムを変え間をズラす
「感度有る相手に食らいつく」→感度を感じる人から吸収する。その人の役に立つ。
「感度を表現する」     →どんな形でもよいので役に立つ。見える化する。提供する。

これを繰り返す。
そうすると不思議としたい事や会いたい人に出会える。
そして、さらなる「面白がりたい自分」に会える。

私にとってはこの文章作成もその一つだったりする。

今日も私は私を楽しむ

同じく誕生日の自分へ

今日は誕生日。

5月5日こどもの日生まれ。

毎回驚かれると同時に言われるのが、
「有志っぽいねぇ〜」

自分でもよく分かる。

毎年、誕生日の度にブログを書いて来た。

そのブログの2014年に書いたもの。
今から5年前。

それが妙にしっくり来たし、
よく悩んでいたなぁとしみじみした。

いくつか抜粋したいと思う。

【「あと必要なのは覚悟と勇気」
この言葉を何度も聞き、何度も自分に問い詰めてみた。
確かに覚悟が足りない事も多い。
勇気があれば変わるかもしれない事も多い。
ただ、本当に必要なのは、「現在の自分、なかなかいいぞ!」そう言ってくれる自分なんだと思う。つまり、自分が一番自分に甘く、自分が一番自分に厳しい。だからこそ、自分が曖昧だと何もかもが曖昧になる。】

この「自分との対話」はずーっとして来た習慣。
おかなしな話だけど小学生くらいからしていたかもしれない。

特に「自分が曖昧だと何もかもが曖昧になる。」
自分を曖昧にするな。
曖昧な自分を受け入れるな。
これだけは常に意識して来たと思う。

【自分との戦いの中に「誰か」を入れ、「何か」を比べようとするのは「自分」だ。だからこそ、本当の意味での「自分を追求する意志」を私は持ちたいと思う。
逃げずに誤魔化さずに恐れずに適当に流さずに。
その時間は必ず自分で生きていく自分の為になると思う。】

自分との戦いの中に「誰か」を入れない。
「自分を追求する意志」を持ち続ける。

5年前の私よ

よく悩んでくれたと思う。
よく逃げずに向き合ったと思う。

あなたが向き合いたかった「現在」は最高だよ。

そして、また1年先、2年先、10年先も最高だよ。

あなたが向き合ってくれたから「現在」がある。
そして、また先がある。

ずーっと向き合って行こう。

「私は私と」
「私と向き合ってくれる人達と」

本当にありがとうございます。
毎年、最高の誕生日。歴代最高!!

平成の現在の自分を此処に。

平成最後の日

このフレーズがなんか堪らないですよね

昭和生まれですがほぼ平成と共に生きて来て、
平成元年の映像とか見ると「古ッ!!」って思うのが不思議な感覚です。

なんか今日、大晦日みたいな気分ありますもんね。

なんか「始まり」「終わり」
「節目」ってりんとしますよね。

令和とは何年の付き合いになるか分かりませんがどう世の中が変わって、自分がどうなってるのかを考えるとワクワクします。

私自身、難しい事考えずに

「誰の役に立つか」
「まだ見ぬ自分にどう近づくか」
「誰を勇気付けるか」
「誰の居場所を作るか」

ここに集中して令和を生きて行きたいと思います。

原点はいつも此処。

現在の自分を此処に。
(これは私が2005年6月2日から書き始めたブログのタイトルです。)
正直あれから14年経ちますが何も変わっていません。

私は私のまま。

現在の自分を此処に。
http://blog.livedoor.jp/welfare_for_all/archives/23898279.html

「嫌い。」と「好きではない。」

GWにブログの連投

昨日のブログもかなり反響を頂き、
あれよあれよと地銀講和、新人講和、幹部講和のご依頼を受けました。

研修というよりは講和

講和というよりはセッション

こんな考え方あるよ〜。
で、どう思って、どう行動する?
それを決めて、まず気持ちをリニューアルしよう。
みたいなのが私のスタイルです。

正直、どんな話しを聞こうが行動しなきゃ自分のいつものまま。

だからこそ、「楽しむ気がない人」「話しを聞くだけの人」と話す時間は好きではない。

私はこういう風に「好きではない。」とハッキリ言う。

ただ世の中、不思議な事に
「嫌いは良くないよ。勿体ない。」
「それって嫉妬?嫉妬は成長しないよ。」
みたいな風潮がある気がする。
現にそう人にアドバイスをくれる人も多い。

もちろん、いちいち嫌いを人に言いまわる程、無駄な事はない。
むしろ、大抵の場合一個人の「嫌い」をわざわざ聞きたくもない。

そもそも嫌いな人の話しをいちいちされても困る。

その時間が何よりも勿体ないし、
せっかく一緒にいるなら好きな人と未来のある話がしたい。

私の中では「嫌い」と「好きではない」は明らかに違う。

なんかグッと来ない。
なんかしっくり来ない。

嫉妬など微塵もなくただ違和感がある。
どんな人気があるとしても何か伝わって来ない。
そんな違和感は誰にでもあるはず。

実はこの違和感にヒントがある。

「好きではない。」と感じる事柄にこそ「新しいツボ」を見出せたりする。

「好きではない。」
なら自分なら「どう行動する?」「どうしたら好きになる?」に繋がる。

「嫌い。」からは行動は生まれない。

「好きではない。」からは「なら好きにしてみたら?好きなのはどんなの?」を出すしかない。

つまり、
自分のスタイルを出せ。
自分の味を出せ。
何か新しいアイデアを感じろ。

そう自分が自分に言ってくる違和感が「好きではない。」となる。

だから、「嫌い。」と「好きではない。」は私の中では大きく違う。

「好きではない。」と言う感覚は時に私の中の感性を刺激し、「なら好きにやれる自分になれ!」と私を叱咤する。

「好きなようにやれる自分になる。」

そんな自分を実現する為に工夫し、試行錯誤し、語り、磨き、分かり合い、認め合うを繰り返す。

わがまま言う為に今日もひたすら努力。

楽したい人。楽しみたい人。

最大10連休。

たまにはいいですよね。

みんながお休みのGWだからこそブログ連投しようかと思います。

書く事自体は好きなので着の身着のままに書きます。

最近、ふっと気がつくとほとんど稼働してない。
(仕事らしい仕事してない…)
そんな事実に気が付きました。

「誰かに会いに行かなきゃ」
「ここに参加しなきゃ」
「いついつまでにこれしなきゃ」

こういった類の事柄が本当にない。

「誰に会いたいかな。」
「誰と話そうかな。」
「何をいつまでにやろうかな。」

そういった自分の好きを模索して、自分のクリエイティビティが試される日常を気に入っています。

それも全て周りのメンバーやお仕事をご一緒させて頂いている方々のお陰だと強く思う。

だからこそ、そんな人達の良さを引き出す為に「何が出来るかな?」「こんな仕事どうかな?」と考えて、チャレンジしてみる事が純粋に面白い。

【楽しんで楽してる感覚がある】

正直、楽したら楽しくない。

楽してる自分(責任放棄、人任せ、工夫しない、試行錯誤しない)に自分自身は気付いているから。

そんな自分が好きではないし、そんな相手を好きになる事がない。

だから、楽したくないから楽しんでいたら自然と楽になる。

さらに楽しみたいから楽しむと、また楽になる。

でも、永遠に楽しみたいから永遠に「楽だからこれでいいや〜」は来ない。

この感覚って物凄く不思議な感覚。

「こんな事したら面白くない?」「これってワクワクしない?」「自分はこんな夢がある。」みたいな話は誰でもすると思う。

女性を口説きたい男性も。
男性を口説きたい女性も。
男性から男性も。
女性から女性も。
大人から子供も。
子供から大人も。

でも、いつもそこで考える。
自分に対しても話してる相手に対しても。

「楽したい」or「楽しみたい」

「どっちを軸にその話してる?」

だから、常に「楽しみたい人」の話しか面白くないし、ワクワクしないし、共感しない。

みんなが自分それぞれを楽しんでいる。
みんなが自分それぞれを楽しみたがっている。

「楽しんでたら楽が来る。」「楽が嫌だから楽しむ。」

私にはそれが向いている。
きっとGIFTのメンバーはそれが向いている。
きっと私の心友達はそれが向いている。

だから、楽しい!

だから、すべての私自身の根源は
すべての人・企業のGIFT(才能)をGIFT(贈り物)に