「会う」「合う」は頂き物

昨日素晴らしい方とお会いした。

当たり前のように聞こえるかもしれないが、
普段の生活では絶対に会えない様な方と「誰か」を通じたら会える。

そんな嬉しすぎるサプライズが日常にはたくさん起きる可能性がある。

「誰か」を通して会えた「誰か」の2人は

一切気を使わず歳が離れていような敬語すら使わない、気心の知れた仲の場合もある。

互いの能力を誰よりも認め合い、深く尊敬していて大きな決断の助言は互いに求め合う場合もある。

互いの感性に全幅の信頼を置く、友達を越えた家族、兄弟のような場合もある。

「こいつが面白いっていう相手は間違いないから。」

「この人がそこまで会わせたがる人が一体どんなか会ってみたくて。」

そんな【出逢い】を頂ける事がある。

「人にはじまり、人に終わる」

本当にそうだな、としみじみ思う。

会いたかった人に会える。

会えて心が喜ぶ人に会える。

自分の枠を越えた人に会える。

自分が過ごす日常では会えない人に会える。

そして、語り合い、分かり合える。

これって凄い事だと思う。
あり得ない奇跡体験だと思う。

自分で切り拓いたつもりでも、「誰か」で繋がっている。

「あいつ面白いよ。」

「絶対に気が合うよ。」

今日も誰かが誰かにそう言ってくれていて、

「ほらね!」

そうなる人生を私は生きたい。

会う人生を生きたいし、合う人生を生きたい。

向き合う為に「向き」を決める

昔、セミナーをした後に上司に言われたことがある。

「相手に全部話しすぎなくていいぞ。」

要は焦らして、出し惜しみしろってアドバイスだった。

『出し惜しみ』

これって何の為にするんだろうか?

よくSNSの広告でも見る。

詳しく知りたい人は・・

別に何かを売りつけたい訳でもないし、情報で儲けたい訳でもない。

単純に理解してもらって、

「この人とさらに話したい!」

そう思ってもらえたら良いとずーっと思ってやって来た。

そうやって繋がった人の方が堅いし、長い。

『出し惜しみ』なんかしなくていい。

『全開』でいい。

『全開で向き合う』

私にはそれが向いている。だたそれだけの事。

向かい合う為には自分の向きを決めなくちゃ。

自分のスタイルは自分で選ぶのがいい。

仕事で遊ぶ。あ~そぼっ

リアルに仕事しか趣味がない。

どのカテゴリーでも先輩に可愛がられた記憶がない。。

どのカテゴリーでも後輩に特別慕われた記憶もない。。

でも、社会人になり、思い通りに仕事をするようになってから

好きな人がどんどん増えた。

社会人になってからの心友の方が明らかに多い。

 

仕事の話をしている時が一番楽しい。

仕事のアイディアが考えている時が一番ワクワクするし、一番悩む。

仕事をしたい人と会うのが一番面白い。

だからこそ、いつも仕事に喜んで、励まされて、ドキドキして、エネルギーが湧く。

「  食べて笑って仕事して  」

仕事に恋している。

私の考えは仕事は社会構造での遊び。

だから、本気で遊ぶ!!

手を抜いた遊びはケガをする。

遊びが合わない人とは遊ばないし、遊んでもらえない。(SNSでいいね!も、もらえない(笑))

残念だけど仕方ない。

でも、遊んで欲しいな~とも思う。

だからこそ、私自身が遊びを生み出すしかない。

「あいつまた変な遊びしてんな~」

「あいつと久しぶりに遊びたいな~」

そうなれば嬉しいし、ならないなら仕方ない。

私は私自身と遊ぶし、遊んでくれる人と新しい遊びを生み出す。

 

「さ、本気で遊びますか!」

 

 

 

「クセが強いや~つ」

現在、「嗜好品」「嗜好性が高い商品」のみを扱っている。

つまり、「クセが強いや~つ」

でも、それがとても経営ビジョンとマッチしている。

「インポーター」「貿易会社」「輸入業者」

様々な言われをする今やっているこの仕事だが、GIFTはどれも当てはまっていない気がする。

メンバーに聞いても「なんか違くないですか?」絶対そう言うと思う。

私達は

「クセが強いヒト・モノをクセが強いヒトを会わせる会社」

そんな感じだ。

つまり、「出会い系企業」

 

この出逢いでクセの強い両者が面白がるのが面白い。

一番クセが強いや~つは結局私達だったりする。。。

 

着飾っても、謙遜しても意味はない。

大切なのは互いの「嗜好性」がワクワクする事。

 

だから、「クセが強いや~つ」が私が好きだ。

 

 

 

 

「これ(あなた)じゃなきゃダメ。」

「嗜好性」

私はこの言葉を重視する。

「なぜ好きなのか?」

自分にもよく問いかけるし、人の話を聞いてもよく思う。

物事には好きになる理由があるはず。

私は大抵そのヒト・モノの【背景(ストーリー)】が気になる。

「なぜその性格になったのか?」

「なぜこの商品が出来たのか?」

それを聞けば聞く程「なるほどな~。」となる。

つまり、この「エピソード」に心が反応している。

だからこそ、私は好きな物にかなり偏りがある。

ヒトに対しても、モノに対してもすぐに肩入れする。

誰でも何でも違いはある。

その違いの中で「なぜ一方を選ぶのか。」

「好きだから。」

この答え程、納得性があり、力強い答えはない。

常にフラットな目線で生活している中で好きなヒト・モノが生まれる瞬間を私は楽しんでいる。

そして、好きになるとそのヒト・モノを語りたくなる自分がいる。

「嗜好性」「嗜好品」

私は「これ(あなた)じゃなきゃダメ」が好きだし、そう言われて生きて行きたい。